翻訳通訳教育のオンライン教材化(e-learning化)に向けて

― 翻訳テクノロジー教育の意義とは ―

山田優1 立見みどり2
(1関西大学 2立教大学)

フルペーパー(PDF版)をダウンロード頂けます。本プロジェクトの意義、翻訳教育とテクノロジーの関係性、教材の活用方法をまとめています。


背景

 日本の大学における翻訳教育、特に実践的翻訳者養成は欧州などと比べると立ち遅れており、翻訳者教育は民間の翻訳会社に付属する翻訳スクールなどに任されてきた。しかし2015年、高品質な翻訳サービスに求められるリソースやプロセスを定めたISO 17100が発行されたことにより、今後、翻訳教育において高等教育機関が大きな役割を果たすことが求められる。また、翻訳需要が高まる今日、翻訳者教育だけでなく、ビジネス面から翻訳関連業務に携わるプロフェッショナルや、翻訳サービスの効果的な利用者となるための「翻訳リテラシー」教育に対する需要も高まるだろう(武田・山田・辛島, 2014)。中でも、ISO 17100に規定される翻訳者コンピテンスのひとつ「Technical competence(テクノロジースキル)」(European Master’s in Translationを参照)について学ぶ機会は、学生にとってもプロフェッショナルにとっても、現時点では少なく、今後その拡充が求められるだろう。そこで、日本通訳翻訳学会・翻訳通訳テクノロジー研究プロジェクトでは、翻訳テクノロジーを学ぶための教材作りに着手した。

 第一段階として、誰もが基礎的知識の習得に使えるようなビデオ作りを行っている。近年、ビデオを使ったセルフラーニング、特にマイクロラーニング方式での知識習得への注目が高まっている。本プロジェクトでは、翻訳テクノロジーに関するいくつかのテーマを設け、それぞれ6回程度、1回10分程度の、デモを交えた講義ビデオを作成した。
 このような形態の学習教材の用途は幅広い。大学や大学院での翻訳関連コースの補足教材として利用すれば、反転学習の教材としても、またその分野の教員不足を補う手段としても有効であろう。また、YouTube などのサイトにアップロードすれば誰からもアクセスしやすいため、実務者のスキルアップや、翻訳に興味を持つ一般の人々の間での翻訳業務や翻訳テクノロジーの認知度向上にも貢献できる。このような情報発信を、大学、学術界から行うことの意義は大きいと考える。


翻訳教育の大学・大学教育における位置づけ

 そもそも、『翻訳通訳教育』を大学・大学院で行う意義とは何であろうか。すでに数多くの先行研究・報告書があるが、概してその意味・意義は以下のようにまとめられる。

 
・  選抜された学生に専門的かつ体系的な教育の提供が可能
・  高等教育機関での通訳翻訳者養成という国際標準に準拠(ISO17100)
・  研究と教育が直結している点
・  大学院が関与することで、通訳翻訳の専門職化・社会的認知度を向上できる
 
これまでの翻訳通訳教育は、民間のスクールで(現役ないし、かつて現役であった)実務者が教育に携わっていた。この状況は2015年現在でも続いている。優れた翻訳者・通訳者から「業・技」を学ぶことは悪いことではなく、今後も続くだろう。他方でISO17100の発効により、正式な大学・大学院での教育に重かれるようになってきているのも事実だ。これまでの民間スクールの教育体制は、非常に優れた、名人芸的な、優秀な通訳翻訳者の育成には適していたと思われるし、またこうしたやり方でなければ継承されないような技能も多くある。その反面、教育者が教えることをやめてしまえば、その技術は継承されなくなるという欠点がある。これは、専門知識や教育方法が体系化されていない(というよりもむしろ、体系化され得ない知識を教えているという)ことを意味するかもしれない。
 それに対してISOが目指す翻訳通訳者とは標準化したスキルである。名人でなくとも、一定以上のスキルを有する実務家を養成することである。このような要求に対しては、体系化した教育を提供できる大学・大学院のような機関が適しているとも言える。このことは、現在の翻訳需要・市場の要請と関係し、平均的(mediocre)な、名人には及ばない、翻訳者を大量排出するという見方ができないわけでもない。ただ、大学・大学院が目指すのは、むしろ、翻訳の基礎を育てることであり、将来的に名人をめざせるような基礎体力づくりの教育である。この視座に立てば、大学教育機関(formal education, institution)と民間スクール等(vocational school)の教育組織は対立するものではなく、共存関係にあるといえる。大学・大学院で基礎をまなび、実務家となったあとで、継続的なスキル向上をスクールなどで行えるというわけだ。


教育内容

 では、大学・大学院で、学生に何を教えるのか?学生は何を学ぶのか?まず、大学(学部)と大学院(修士・博士過程)を一緒くたに議論できない。欧州では一般的に、大学院の修士レベル(博士前期課程)では「専門職教育」、つまり実務翻訳・通訳者になるための教育を行っている。博士課程(博士後期課程)では、研究者・教育者になるための翻訳通訳研究理論を中心に探求する。プロの翻訳者/通訳者になるための実務家養成は大学院の修士課程で行うものであると一般的に認知されている。ここで翻訳コンピテンスやスキルセットを習得する。  これに対し、学部(Undergraduate)での教育は、大学院に進むための基礎語学力を固めるための準備段階と位置づけられる。大学院に進学するのに必要な語学力を学部時代に身につけるのだ。逆の言い方をすると、大学院の翻訳通訳教育で、語学力を強化することはない


大学院における専門家教育

欧州にはEMT(欧州翻訳修士号:European Master’s in Translation)という認証制度がある。プロとしての翻訳通訳者養成に必要な標準的カリキュラムのガイドラインを提供している。この認証を受けた大学院は、欧州で一定の基準を満たしている専門家養成大学院として認知される。

 EMTではプロ翻訳者に必要なスキルを「翻訳コンピテンス」として定義している。多面的要素で構成されるが、「サービスとしての翻訳提供 Service provision」コンピテンスを中心に据え、Language=言語能力、Thematic=主題、分野の専門性、Intercultural=異文化能力、Information mining=情報検索能力、Technological=テクノロジースキルを主要コンピテンスを主要構成要素として挙げている。
 これからも自明のように、プロ養成であるために、一番大切なのはサービス、つまりビジネスのための翻訳という意識を持つこと。そしてサービスとしての翻訳を成り立たせるためには言語能力だけでなく、主題=分野の専門知識、異文化能力、情報検索能力、テクノロジースキルの必要性が強調されている。
 本プロジェクトは、特に「テクノロジースキル」養成に関与するので、このEMT基準は非常に重要な意味を持つ。この議論は後で詳述する。


学部における語学教育とTILT

 近年、話題・議論になっているのは、学部での語学教育のあり方である。語学教育、とりわけ日本における英語教育は1990年代以降、概ねコミュニカティブアプローチ、CLT(Communicative Language Teaching)を中心としたモノリンガリズム(目標言語主義:英語は英語で学ぶ、日本語のような母語を介して学んではいけない、という考え方)が主流で、母語以外の言葉を教室内で使用することは積極的に奨励されてこなかった。実際に使われていないかどうか別としても、「訳す」ということは好ましくない語学学習法として扱われてきた感がある。訳すことは、古典的な「文法訳読法(GT-M Grammar Translation Method)」を想起させる教授法として排除・軽蔑されてきた。語学教育現場では、訳すことを学ばず、やったとしても英文訳読法的なものであり、我々が目指すところの「翻訳」の練習はほとんどしていない。

 ただ、ここ最近、このようなモノリンガリズムの語学教育状況に変化が現れている。外国語教育に訳の復権・復興を説く研究者が多く現われているのだ。TILT (Translation in Language Teaching) として、新たな外国語教育のアプローチの1つになる勢いも感じる(Cook, 2010)。日本の英語教育でも広く使用されるCEFR(ヨーロッパ言語共通参照枠)にも、これまでの語学の基礎能力である、受容能力(reception)、産出能力(production)、相互作用能力 (interaction)に加えて、新たなに仲介能力(mediation)が追加されたことで、通訳翻訳能力が語学の能力の一つの側面であると認知されるに至った(染谷, 河原, 山本, 2013)。1990年代から、欧州では、readingリーディング、writingライティング、listeningリスニング、speakingスピーキングの4つの言語能力に加え、translationトランスレーション(訳す)を5つ目のスキルとして捉え、翻訳を外国語教育に採用していた経緯がある(Witte, Harden, & Harden, 2009の論集など参照)。それが、欧州標準で認められるようになったわけだ。無論、カナダなどではバイリンガル教育が活発で、言語相互依存仮説(Cummins, 1980)などの理論も早くから展開されていたわけであるが、こういった諸学説含め再認識されている(染谷, 2010等)。
 この動向は、日本国内の大学・大学院での翻訳通訳の授業が増加しているという事実と無関係ではないだろう。1997年から2005年の8年間で通訳関連の授業を開設する大学・大学院の数はおよそ5倍(染谷, 2010)とも言われる。それでも、国内の外国語教育の状況は、依然としてコミュニカティブアプローチが主流であるため、翻訳通訳の授業は、語学の学習の一環とされる場合も少なくない。例えば、通訳者の訓練方法を取り入れてリスニング能力を向上させようといった類の事例である。しかし、そのような導入動機であったとしても、翻訳通訳演習を実際に体験すると、学習者は言語的・文化的差異の問題に直面するので、訳す事が如何に困難であるかという気づきを促す契機になる。翻訳の問題が、単なる言葉の置き換えでなく、より複雑な要因と深く絡み合っている事を認識するメタ言語能力の涵養となるのだ。メタ言語能力は、4つの基本語学スキルを統制する能力のひとつでもあると考えられるため、結果的に語学能力そのものの向上につながる可能性があるのだ。
 翻訳通訳演習が、大学の外国語教育に広く設置されるようになってきたことは、我々にとっては悪いことではないが、プロの翻訳通訳者からすれば、訳す行為が語学学習に役立つと言われても、それほど喜ばしい事でもないかもしれない。というよりも、語学力と翻訳通訳能力は違うというのが通説ではないだろうか。ただ、上述した内容が示唆しているのは、語学学習を司るコア・コンピテンス(メタ言語能力)のようなものが、実は翻訳通訳を通して最も効率的に習得出来るという可能性だ。また、そのコア・コンピテンスを持っていなければ、その人は、将来、(優れた)翻訳通訳者になれない、ということの裏返しかもしれない。このように考えれば、大学、より正確には、学部時代に、翻訳通訳を学ぶこと(少なくとも、翻訳通訳を含めた語学学習を経験しておくこと)が、その後、大学院に進学して専門家教育を学ぶための足場作りとなりうるのだ。かくして学部における語学教育の一環として行われる翻訳通訳教育が意味を持つわけである。


翻訳通訳リテラシー教育

語学教育の一環としての翻訳通訳に対し、TI(翻訳通訳) リテラシー教育は、初歩的な演習や実務現場の観察など体験型学習を組み込みながら、翻訳通訳実践の諸相について基礎的な知識や対応能力を涵養することを目的とする。平たく言えば「一般教養としての翻訳通訳教育」である。例えば通訳といっても、逐次、同時、原稿つき同通などのモードの違いから、会議通訳、ビジネス通訳、医療通訳、コミュニティ通訳など、多種多様である。翻訳ついても、文芸翻訳、実務翻訳、字幕翻訳、ファンサブをはじめ、ローカリゼーション、翻訳メモリ、ポストエディットなど、その形態や方法は多様化している。こういった現場研究・教養は、語学教育とは別に、TI リテラシー教育を設けることで、学生が以下のようなことがらを学ぶことができる。

 
・  翻訳通訳の社会的役割に対する理解
・  翻訳通訳サービスやツールの効果的な利用
・  翻訳・通訳者の仕事に対する理解
・  翻訳通訳の専門訓練や研究に対する動機づけ
 
 大学院へ進学しプロの翻訳通訳者になることを想定すれば、学部で翻訳通訳に関する基礎知識を得ておくことが大事なのは言うまでもない。
 大学院進学しない学生に対しても、TIリテラシーは有益となりうる。社会人になって翻訳通訳のユーザ(発注者、ソースクライアント)となることもあるだろうし、今日の情報化社会では翻訳通訳を介したコミュニケーションは日常的に行われているので、自分が翻訳・通訳をする人でないとしても間接的には、誰もが翻訳通訳の恩恵を受けている。こういった現状に対する認識を深めるための教養・リテラシーは非常に大切だと考える
 このように、大学・大学院の翻訳通訳教育は、「TILT(語学教育としての翻訳通訳)」および「TIリテラシー(教養としての翻訳通訳)」の2つの要素を学部時代に網羅し、この足場作りが大学院での専門家教育の基礎となり、修士課程で「翻訳コンピテンス」を習得する、というように住み分け化して説明できるのだ。


翻訳テクノロジー教育

翻訳とテクノロジーは、相反するモノ、という意見もあるかもわからない。訳すことは限りなく肉体的・頭脳的・人間的な行為であり、テクノロジー・機械のような無機質なモノには人間のような言葉は扱えないのである、という考え方もあながち間違えとも言えない。しかし、程度の違いこそあれ、翻訳通訳とテクノロジーは、いまや密接な関係にあるのも事実である。

 文章を書くのにパソコンを使わない人は少ないだろう。実務で翻訳通訳の仕事の依頼はメールと電話で行われる。インターネットで調べ物をする。もはやネットに繋がっていないプロ翻訳者はいないとも言われる。また音声認識ソフトを使って文字入力を行う翻訳者もいるだろう。チャットなどで同時通訳(翻訳)を行うこともビジネスシーンでは増えてきた。オンライン通訳サービスや、通訳翻訳検索マッチングシステム、クラウドソーシングシステムなども活用されている。
 このような観点から、翻訳に関するテクノロジーのうち、実務者として知っておくべき技術の全体像は総じて上の図のようになるかもしれない。
 ただし本プロジェクトですべてを扱うことはできないので、便宜的には、「 翻訳のために開発されたツールに限定し、俗にいう機械翻訳や翻訳メモリなどのコンピュータ支援翻訳ツール(computer-aided translation tool = CAT tool)を中心に扱う。同時通訳のスクリプトなどをほぼタイムラグなく全面のモニターに表示してくれる通訳支援ツールも出現してきており、こういった物も本プロジェクトの対象に入るのだが、まずは通訳でなく、限定的に書記言語の「翻訳」のためのテクノロジーに焦点を合わせた教材の作成にあたる。


なぜ翻訳テクノロジーを学ぶのか?

 ではなぜ、翻訳テクノロジーを学ぶ必要があるのか?この問題は、別途、どこかで詳細を論じる必要がありそうだが、現時点で考えられる理由は以下の通りである。

 
・  プロの翻訳者であれば、翻訳メモリなどのテクノロジーを使う機会が多い
「数」に物を言わすものも如何なものかと思うが、欧州では8割以上の翻訳者、日本国内でも5割近いプロ翻訳者が翻訳メモリ等のツールを使って仕事をしている(日本翻訳連盟, 2009, Lagoudaki, 2006)。だから大学でもツールを学ぶべきだ、と結論付けるにはいささか短絡的過ぎるのは承知しているが、我々が懸念しているのは、その認知度の低さと、一般的な人々の(実務)翻訳への理解のギャップである。翻訳というと、翻訳者が辞書と鉛筆を片手にやるものであると思われているが(まあ、それは間違いではないのだが・・)、テクノロジーの活用も含めて、もっと複雑なことが山ほどある。そのような実践現場での状況を説明し体験してもらう意味でも、翻訳テクノロジーの存在は欠かすことはできない。実際問題として、ツールを使えば品質の良い翻訳ができるわけではないだろう。しかし、まずはツールを使うとは、どういうことなのか。それを知ることは重要である。また教育者がその存在を知らなかった場合には、本プロジェクトが翻訳テクノロジーの知名度(社会認知度)を上げるのに貢献することと思う。
 
・  EMTでも「テクノロジー」は翻訳者のコア・コンピテンスとして挙げられている
先述した欧州翻訳修士号(European Master’s in Translation)という制度でも、専門家教育に「テクノロジー」が挙げられている。一般的に、翻訳者には語学能力以外に専門分野(例えば、医療やIT等)の知識が必要と言われるが、このような要素と同列にテクノロジー・コンピテンスが重要だと掲げられているのは見逃せない事実であろう。実際に、大学院での演習の多くの時間をテクノロジー演習に費やすそうである(個人調査による)。
 
・  翻訳行為(translating process)とは何かを考える
翻訳メモリを使った訳出行為、機械翻訳を使ったポストエディット、プリエディットと、人手翻訳(human translation)行為と比較して考察することで、自らの翻訳行為・訳出行為を振り返る絶好の契機となる。
 翻訳メモリやポストエディットをすると翻訳者としての「筆が荒れる」という人がいる。ツール上に提示された既存訳や機械翻訳の訳に引きずられてしまうので、自分の訳が思い浮かばなくなるという現象だ(メンタルブロックがかかる)。専門的には、干渉(interference)やプライミング効果(priming)と言われるものだが、こういった観点からも人間とテクノロジーとの接点からも翻訳行為を考察できる。そもそも人間が翻訳を行う場合でも、辞書みたり資料を調べたりするはずである。訳語を考えたり、訳文を思いつくまでに至る作業・工程・プロセスは、一枚岩的なそして一方通行的な「人→訳文」という活動ではなく、「人⇔辞書・資料」との「相互作用 interaction」であることは自明である。この作業を主に支えているのはコンピュータのようなテクノロジーであるのが今であり、こう考えると翻訳の作業をいうのは「人⇔コンピュータ」の相互作用とも換言できる。実際に翻訳学の分野ではTranslation as HCI(human-computer interaction)と捉え、翻訳者の訳出プロセスの解明にあたる研究者もいる(O’Brien、2012等)。
 このように、翻訳ツールの使い方だけを学ぶわけでなく、ツールがどのように機能するのかという教養的知識(TIリテラシー)、そして自分の翻訳行為(言語活動)にどのように影響を考える(手続き的知識 procedural knowledge)の契機となる(TILT的外国語学習)。


なぜEラーニングなのか?

 翻訳テクノロジー教材をEラーニング化した目的・背景は、以下のとおりである。

1) 翻訳通訳の授業が大学で増えている一方で、教師不足という問題が深刻化している。また翻訳テクノロジー(および実務経験、翻訳理論)に精通した教員となると更に数が限られてしまう。そのような実情に鑑み、教材をオンライン化することで、翻訳テクノロジー教育を広めていきたいと考えている。
2) このオンライン教材が広く受入れられるようであれば、題材を翻訳テクノロジーに限定せず、あらゆる翻訳通訳関連テーマを扱っていきたい。例えば、字幕翻訳、文芸翻訳、コミュニティ通訳、法廷通訳などである。本プロジェクトを通して、オンラインの翻訳通訳教育の効果に関するメタデータ収集も蓄積する予定である。
3) とは言え、まずは翻訳テクノロジーのみに集中し、当該活動に専念する。「テクノロジー」というテーマなので「オンライン」との相性も良いと考える。また目まぐるしく発展や変化を繰り返すテクノロジーの記述/説明ということを考えてもこまめなアップデートが可能なオンライン教材は適切である。


想定する利用者・利用方法

本オンライン教材は、日本国内の大学教員が、大学・大学院のクラスの補足教材として使うことを想定している。例えば、学部向けに翻訳演習のクラスを担当している教員が、「ポストエディット」(の基礎)を教えてみたいが、自分の専門外なので難しいと感じた場合などである。

l   対象学習者:学部生(3〜4年生)、大学院1年生(M1)
l   使用方法:大学の授業(完全なセルフラーニングは想定していない)。教員の指導の下で、反転授業、クラス内ディスカッションができること。ただし、ある程度は自習できる資料や練習問題、理解度チェックシートを用意しているので、セルフラーニングも可能である。


教材構成

l   各トピック(例:ポストエディット)は、6つの動画で構成されている。

l   動画は各10分程度である。
l   1本の動画に、『講義目標 takeaway』を設けてある。
l   各動画には「確認問題」を用意してあるので、学習者は動画を見た後に、この確認問題に回答することで講義目標の確認・復習を行うことができる。Word形式でサイトからダウンロードが可能。2問程度の簡易記述式で、予測回答時間は数十分程度。演習形式の問題が含まれることもある。
l   動画で使用したスライドは、「パワーポイント」からダウンロードできる
l   「その他・参考文献等」は、特に大学院生向けのリーディングアサインメント等として活用できる
 
活用方法(基礎)
l   動画は、1本10分程度なので、例えば、授業内で1本を全員で見たあとに、残りの2本を宿題とし、そのテーマの「確認問題」を課題として作業させ、次週の授業で回収するというパターンが理想的である。
l   つまり、1週間に3本程度の動画をカバーするのが目安である
l   「確認問題」に基いて、授業内で議論することで内容をフォローできる
l   1トピック6本なので、実質2週間で1トピックを完了できる。演習などを3週目に設定して理解度/経験を深めることも考慮しすると、1トピック3週間完成が目安になる。
l   パワーポイント含めた教材をダウンロードできるので、動画で学習せずに、教員が自ら授業を行うことも可能である。


導入例:シラバスへの落とし込み(2ケース)

 では実際の授業での導入例を紹介する。おおよそ3つのケースを想定している。

 
ケース1:「翻訳テクノロジー演習」という名目の授業(15 週間)が設置できる場合
ケース2:通常の翻訳の授業の中に数トピックを折り込む場合
 
以下で各ケースについてみる。


ケース1:「翻訳テクノロジー演習」という名目の授業(15週間)が設置できる場合

翻訳テクノロジー演習」という授業が設置できる場合は、各トピックへの理解度/経験をある程度高く設定できる。専門の授業となるため、対象学習者は最低でも学部3年制以上である。  上の基礎で説明したように1トピック2〜3週間の完成が目安であるが、テクノロジー専門のクラスでは、2週間で動画・確認問題を行った後に、3週目に理解/経験を深めるための演習を設けることが理想的である。つまり「動画」(2週間)+「演習」(1週間)という形で、1トピックを2〜3週間割ければ、15週間の授業で4〜5トピックをカバーできる計算になる。以下に一学期(15週間)のシラバス例を載せておく。

Week1
導入
Week2
機械翻訳
Week3
Week4
翻訳メモリ
Week5
Week6
Week7
ポストエディット
Week8
Week9
Week10
プリエディット
Week11
Week12
Week13
L10N
Week14
Week15
まとめ


授業運用

1つのトピックに2〜3週間割り振った場合の1つのトピックの授業進行の例を、以下に記す。ここでは「ポストエディット」を例に挙げる。

 ポイントは、2週間で動画6つをカバーしてから、プラス1週で反転授業的な「強化演習・ディスカッション」を設けるということである。これをレッスンプラン的に記述してみた。


授業運用

授業範囲
レッスンプラン
Week1
動画:第1回〜第3回
導入 10min
第1回の動画を教室内で見る。10min
そのあと「確認問題」を授業内で行う 20 min
グループ議論。40min
残りの第2回と第3回を宿題にする。10min
Week2
動画:第4回〜第6回
第2回と第3回を宿題を回収 10min
その内容についてクラス内で議論 20min
第4回の動画を見る10min
確認問題を行う20min
グループ議論20min
残りの第5回と第6回を宿題にする。10min
Week3
強化演習
第4回と第5回を宿題を回収 10min
その内容についてクラス内で議論 20min
実際のポストエディットの演習を行う 30min
グループ議論20min
まとめ10min


ケース2:一般的な翻訳の授業の中に数トピックを折り込む

 実際問題として翻訳テクノロジー専門の授業を配置するのは、難しいだろう。特に学部では、上で論じたように、翻訳の教育は、語学教育の一環としての位置づけなのか、それとも専門家教育にむけた足場作りなのか、という議論がある中で、翻訳テクノロジー専門の授業を行うためには、正当な理由(目標、目的、カリキュラム)をしっかりと構築しなければならない。そう考えると、ケース1の授業構成は、正直絵に描いた餅である。日本の大学教育の現状では、「翻訳テクノロジー」は、部分的・限定的にしか大学の授業のシラバスに折り込めないかもしれない。

 そのような状況が悪いことだとは考えていない。本プロジェクトの目的の1つにもあるように翻訳テクノロジーの普及・啓蒙があり、またポストエディットの動画だけでも見ることによって、(テクノロジーを明示的に活用しない従来型の人手の)翻訳活動を考える機会を学生が持てれば良いだろう、というのが当面の目標だからだ。我々としても、まずは限定的にでもよいので、任意のトピック1つか2つ、先生方の授業で採用して頂ければと考えている。繰り返しにはなるが、1トピックを2〜3週間で網羅できるので、その時間だけを、担当教員のシラバスに折り込むことで可能になる。
 ポストエディットを例に挙げるならば、従来の翻訳の「エディットや修正」と比較してもよい。一般的な翻訳の作業フローでは、自分が訳したものを修正する(見直し)(self-revision)したら、翻訳をした者でない校正者(Editor, Reviser)が翻訳のチェックを行う。これを前者に対して、other-revisionと呼ぶ。ポストエディットという作業は、これらself-revisionとother-revisionのどちらに近いものなのか、という視点から考えてみるのも面白い。
 また別の観点からは、ある翻訳者が翻訳を行う前に、別の翻訳者(見習い翻訳者であることがよくある)に「下訳」として翻訳を依頼することがある。その下訳かを使ってその依頼した翻訳者が翻訳を仕上げていく工程である。この工程は、上のself-revisionとは異なる。同様に、ポストエディットをこの「下訳」と比して、考察してみることも面白いだろう。
 他にも「訳出速度」を計測してみてもよい。1分間に何ワード訳せるのか(word per minute WPM)を計測する。普通に翻訳した時と、ポストエディットとでは、実際の訳出速度は変化するのか(速くなるのか)を比べるというわけだ。
 このように、一般的な翻訳の授業の一部として折り込むことで興味深い議論を行えると考える。


反転授業、補習授業支援

 以上の大学・大学院でのテクノロジーの授業の導入例について述べたが、我々のプロジェクトとしては各トピックの3週目の「演習・強化」の部分について、直接的に支援できるような体制を模索している。現時点では具体的な計画案はないが、例えば、「反転授業」という形で、オンライン上で生授業のサービスを提供するというものである。この点含め、今後の要望、質問、改善案などあれば、ご教示いただきたい。